23 October 2016

故郷。

忘れもしない、中学1年の秋の新人戦。

バレーコートが2面はれる体育館で、ベンチから先輩たちの試合を応援していた途中だったような気がします。

ゴゴゴ、、という土砂崩れのような音がしたかと思ったら、カタカタと体育館が揺れはじめました。近くで工事中かな、大きなダンプカーが通ったのかな、と一瞬思ったことを覚えています。そんなアホみたいな思いもつかの間、大きな音をたてて揺れまくる体育館は悲鳴につつまれ、私はチームメイトとしゃがみこみました。

「外に避難しろ!」と、周りの大人の叫びに「あ、地震!」と気がついたほど、私たちは呆然としていたような気がします。

そこからどうやって解散にいたったかは全く覚えていないですが、共働きの両親と連絡がとれなかった私は、友人の家で一緒に待たせてもらいました。

今のように携帯電話も普及してなかったし、両親の携帯はおろか職場の電話にももちろんつながらず。ひとまず連絡がついたおばあちゃんに迎えにきてもらって、両親の帰りをおばあちゃんの家で一緒に待ちました。

そこから何日学校が休みだったのか、家の被害はどのくらいだったのか、誰とどんな話をしたのか、電話はどのくらいで復旧したのか、、、、もう十何年も前の話なので、記憶はあまり鮮明には残っていないけど、夜、一人部屋のベッドの中で、余震の度に目が覚めて、全く寝れない、、、なんてことはなかったけれど、一人で寝るのは怖いな、と思ったことはよく覚えています。

それが、私の大きな地震体験。

あれから16年、奇しくも同じ10月の今に、また故郷鳥取で大きな地震が発生しました。

金曜日の朝、シャワーをあびて仕事にいく準備をしていると、ぴこんぴこんとLINEが騒がしい。なにかな、と気になりながらも、いつものようにSVTのニュースを見ながら支度をして、朝ご飯を食べていました。

コーヒーのおかわりをいれるついでに、ふと携帯電話に目をやったら、スウェーデンに暮らす日本人の友人から「鳥取地震だよ...」とLINEにメッセが。

慣れとは恐ろしいもので、「地震」と聞いただけでは「またか」と思ってしまうぐらい地震に慣れてしまっている人は多いと思います。

でも、兄弟LINEグループで「実家と連絡がとれない」「誰か両親と連絡ついた?」なんていうチャットをみて、あ、大きい地震なんだと、身震いしました。

そこからyahooニュースをひらくまでの、たった数秒がすごく長く感じました。

幸い、両親とも祖母ともすぐに連絡がとれ、大きな被害はないようですが、地震のあとの恐怖感はこれから当分続くと思います。

今回の地震は、遠くに引っ越して初めての「身がすくむ」経験でした。

それでも、このたった数年で、ここまで通信手段が発達したことに感謝しなければ。

時差があっても、スマフォ一つで、遠くに暮らす人と簡単に連絡がとれる。
被害状況が、インターネット上で簡単に知ることができる。

この環境が、どれだけありがたいか、今回はとくに痛感しました。

これ以上、被害が大きくなりませんように。

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